レッスンを通して

福岡市早良区室見、中村孝治ピアノ教室 第27回目のブログです。
3か月ブログをサボっておりました…。もし楽しみにされている方がいらっしゃっいましたら大変申し訳ないです。今日はレッスン中に起きた出来事についてです。
今日はとある生徒の様子がいつもと微妙に違いました。
 
最初は気にしなかったけど、集中力がない、落ち着きがない、反応も悪い。説明をしていても聞いているのか聞いていないのか微妙な感じ。
 
一見悪態をつくその態度に、個人的な感情のレベルで言うと少しこちらも苛立ってしまったのですがぐっとこらえて
 
「今日は元気ないね、疲れてるの?それとも嫌なことでもあった?」
 
と一言聞いてみると、今日学校であったことなどを色々と話し始めました。どうやら色々あって本当に肉体的にも精神的にも疲れていたようです。態度が悪いとか、やる気が感じられないとかで怒らず、一言聞いてみて本当によかったと感じました。何も聞かずに叱りつけてしまったら、間違いなく生徒との信頼関係は悪い方向へ向かってしまっていたでしょう。
 

行動には理由がある

人が行動をするときには必ず理由がある。それが小さな子供でも大人でも。子供の場合はその理由が自分でも分かっていないことが多く、ただただ泣きじゃくったり暴れまわったりしてしまいます。自分でもなぜそんな行動を取ってしまうのか分かっていないのです。
 
そんな時は必ず何か原因があります。何かが満たされていないのです。それを考慮してあげずにただ表面的な部分を叱ってしまうのは、病気の原因を一切検査せずにひたすら痛み止めを投薬するような、その場しのぎのものです。決して満たされることはありません。
 
大人や指導者は常に「何が満たされていないのか?何が原因か?」ということを観察し、本人にも問いかけてあげるべきだと思います。問われることで子供も初めて自分の欲求と向き合い、自分の内面を知る機会となります。たとえば非行を行う子供たちは長年愛情や安心感に飢えて育っている子が多くいます。最初から非行に走りたいがために非行を行う子はほぼいません。しかしそういった子たちは問うてくれる大人もおらず、自分の不満の正体と向き合うこともなく、漠然とした渇きを満たすために非行に走ります。そんな方法では決して満たされないことすら理解できずに。

無理解と不信感

周りの大人が本当の欲求を理解してくれず、または理解しようと努力もしないと子供はどう思うでしょう?

そこには不信感が生まれます。

「どうせ大人は俺のことなんてわかってくれない」

定番の不良少年の言葉です。

そんな時に「わかる、わかるよ、その気持ち」と不良グループやヤクザに声をかけられたらどうなるでしょう?少々極端な例に聞こえるかもしれませんが、決してありえない話ではありません。

 

我慢強さではなく考え方の変革

子育てをしていると苛立つことや理解できないことがたくさんあると思います。

そんな時こそ、二度深呼吸をして

「この子が今満たしてほしい本当の欲求は何だろう?」

と自問してみるのです。

レッスンでも子供が一切言うことを聞いてくれないこともあります。でもその原因はピアノが嫌いなわけでも先生のことが嫌いなわけでもなかったりします。

言うことを聞いてくれないことについて、我慢強くストレスに耐えるのではなく、根本的な考え方を変えましょう。

決して簡単なことではありません。だからこそ常日頃からその姿勢を心がける以外にないのです。それが愛するわが子のためであり、自分でのためでもあると信じ行動してみてください。まぁそれも結局愛情の深さがあってこそ可能なことなのだと思います。

 

今日はすっかり偉そうに熱く語ってしまいました。色々言っても子供との関わりはそううまくいかないことばかりです。改めて言いますが、だからこそ平常時の心構え(価値観)が何よりも重要なのだと思います。


About the author: koji nakamura

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