給食残すの許さない問題

福岡市東区 折居吉如ピアノ教室、早良区 中村孝治ピアノ教室のブログ更新です。

こんにちは、室見校の中村です。突然ですが、みなさんは子供の頃に給食で嫌な思いをしたことはありますか?私は給食がきっかけでどうしても食べれなくなったものが1つ、切り干し大根です(かなり微妙なとこですね)

しかし未だに切り干し大根を食べると吐き気を催すほどに嫌いになってしまったのは味というよりはある経験がきっかけだったと思います。

「給食を残すのは許さない、食べ終わるまで昼休みはなし」

担任の先生のそんな方針から、吐き気を催しながらも食べるしかない。そんな経験から今でもどんなに高級な切り干し大根であっても食べることができません。

「好き嫌いのない子になってほしい」「食べ物を粗末にしない子になってほしい」

担任の先生にどんな思いがあったのかは確かではありませんが、食べさせることが目的でなければ他にやり方はあるはずだと思います。そして今私も教育者として強く思うのは「強制は人の可能性を潰す」ということです。

教育≠強制

強制とは「本人がしたくないことを無理やりさせる」ということ。

何かを強制してくる相手を皆さんは好きになるでしょうか?何かを強制される場に行きたいと思うでしょうか?

子供は大人と違って自分の心の守り方を知りません。些細なこと1つでも先生を嫌いになったり、学校そのものを嫌いになったり、深く傷ついたり…。そしてそのストレスは必ずどこかで歪みとなって顕れます。それは不登校のような直接的なことかもしれないし、時には全く別のところに出ることもあります。

先日ある生徒(年長さん)の保護者の方から「給食が理由で最近ストレスを抱えていて、色んなことが頑張れなくなっているみたいで…」と伺いました。

聞いてみると例の「給食残すの許さない方針」でした。年長さんなんて味覚の発達段階や体の大きさでどうしても食べきれないことなどいくらでもある年齢です。

ここで私が言いたいのはその方針がどうかということではなく、そこで生まれる不適切なストレスがもしかするとピアノや勉強などに向けられるエネルギーまで奪っているかもしれないということです。

強制の先に良い結果はない

選択理論心理学では、「人が問題行動を起こすのは5つの基本的欲求が満たされていないから」と言われています。不登校や万引きといった行動はもちろん、癇癪を頻繁に起こすといった日常的な問題行動も、人が持つ5つの基本的欲求(生存、愛・所属、力、自由、楽しみ)が満たされていない状態にあるからと考えるわけです。

そして「強制する」ということは不適切なストレスを与え、相手の欲求(おそらく5つ全て)を阻害する行為です。更には「強制」は恐れを生み出します。恐れの感情は人間が持つ感情の中で最も非生産的で、人の可能性を小さな箱に閉じ込めてしまうものです。

私はそう信じ、選択理論を学んだからこそピアノ教室という空間を「一切の恐れがない世界一安心安全な場所にする」と決めているんです。時には厳しく指導することや真剣に話し合うこともありますが、それでも恐れを生み出すような関わりだけは絶対にしない。

「給食で~が嫌いになった」ということがあるあるレベルで話に挙がるほど、給食という楽しいはずの場に置いても今も昔も強制が珍しくないのが現実です。少しでもこの教室からそれを変えていける価値観を広めていけたらと願います。

切り干し大根からずいぶんと話が遠くに来ました。果たしていつか食べれるようになる日は来るのでしょうか?(笑)

今日はここまでです。いつもありがとうございます。

中村孝治

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